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シンガポールの時計屋 K2 Watch Company インタビュー(翻訳転載)

先日シンガポールのカトン地区に引っ越し、Tanjong Katong Complexという、今はシャッターの閉まった店も多いさびれたショッピングモールをさびれた中年がぶらぶらしていると、偶然にも、K2 Watch Companyというシンガポールではもう珍しい、個人の時計師がやっている時計屋兼修理屋にばったり行き当たりました。

店の噂は前から聞いており、いつか行って見ようとは思っていたのですが、いきなりの邂逅に歓喜。やたらと人のいいオーナー時計師のゴーさんと少し話をさせてもらいました。

東南アジア最大の金融・IT都市としてダントツの成長をしたシンガポールにあって、職人のおっちゃんが一人でやるような時計修理ビジネスは、残念ながら今後失われてゆく文化の一つだとは思います。しかし、そのままではあまりにも寂しい。

そこで、機械式時計ファンの1人として、NUS Horology Club(シンガポール国立大学時計学サークル)のブログにあった、K2 Watch Companyのインタビュー記事を、著者の許諾を得た上で、日本語に翻訳転載させていただくことにしました。少しでも多くの人に知ってもらうことを願って。

オリジナル記事は以下です。快く転載の許可をくれたJustin氏に感謝。

HoroLocals: K2 Watch Company – NUS Horology Club

インタビュアー:Justin Tay

写真撮影:Ching Soon Tiac

なお、シンガポール人の話す中国語やシングリッシュは、私にはどうしても大阪弁に聞こえるというか、会話の内容を標準語で文章にすると実際のキャラとのギャップがでかくて違和感しかないので、大阪弁が嫌いな人にはすみませんが、ゴーさんの回答がより自然な文章に見える大阪弁であることは悪しからずご了承ください。

【翻訳】ホロローカル:K2 Watch Company ー NUS時計学サークル

熱心なセイコーファンに「ゴーさん」もしくは「K2 Watches」の名前を出せば、ゴーさんについて熱く語り始めるでしょう。わずか12歳の時から腕時計の修理・整備を始めたゴーさんは、1982年から全く1人でK2 Watch Companyを切り盛りしています。器用な指先とその愛想の良さで、ゴーさんはシンガポール中にファン=お客さんを抱えています。40年以上もの間、15,000個以上の時計を修理・調整してきたゴーさんなら、腕時計のどんな故障もなんとかしてくれるでしょう。

NUS Horology(シンガポール国立大学 時計学サークル)はこのほど、ゴーさんにインタビューさせていただく機会を得て、時計との出会いや、K2 Watch Companyを立ち上げた時の話などを聞くことができました。中国語で会話する間、ゴーさんは昔を思い返すたびに、微笑みを浮かべていました。どんな質問にも臆せず答えながら、時計に対する考え方や、若いコレクターに向けたアドバイスなども話してくれました。

Mr. S. M. Goh インタビュー

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ジャスティン:インタビューをご快諾いただきありがとうございます。まず初めに、最初の機械式時計との出会いをお話しいただけますか。

ゴーさん:あれはまだだいぶ若かったね。多分9歳頃。確かあれはセイコー5で、親父からのプレゼントやったかな。

ジャスティン:それはまだお持ちですか?

ゴーさん:(ニヤッと笑いながら)もう持ってない。50ドルで質入れしてもーた!

ジャスティン:ええっ! 50ドル?! セイコー5は今でも安いもので80ドルくらいですよ。

ゴーさん:そやねん。びっくりするやろ。セイコー5は70年代、かなり貴重やったんよ。思い出すわ。小学3年の頃、ロレックス・プレシジョンを学校に着けて行ったら先生に怒られてね。それも親父からのプレゼントやったけど、当時200ドルくらいで買えたからね。

ジャスティン:それでどのようにして時計の整備について学ばれたのでしょうか。

ゴーさん:当時はかなりの悪ガキでね。勉強は大嫌い。学校から帰ればカバンを放り出してすぐ遊びに行ってばっかりやった。それを見て、将来まともな仕事に就かれへんのんちゃうかて親父が心配したらしくてね。それからやわ。親父が時計修理のことを教えてくれるようになったんは。そん時たったの12歳!

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若い時から時計整備を始めた。この写真は14歳の時のもの

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ゴーさん:父親は基本のキを教えてくれた。例えば、キズミ(時計用ルーペ)は左目に着けたら、右手の動きを邪魔しないとかね。

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バイブログラフ200(振動記録計)。これは時計の精度を測るために使う

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1979年9月、シチズンのクォーツ時計整備のための同社主催3日間トレーニングコースに参加

ジャスティン:時計整備の基本については他にも誰かから教わりましたか?

ゴーさん:兄貴のシャオチュン(Seo Choon)が多少のことは教えたろかいな、みたいな感じでね。特にセイコー・ブルヘッド・クロノグラフの整備の仕方を教えてくれた。だいぶややこしいやつでね!

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K2の作業台。ゴーさんがケアするキングセイコー、セイコープレスマチック、ユンカース・スピッツベルゲンF13自動巻を発見

ジャスティン:随分学ぶのが速かったようですね! K2 Watchesをどのように始められたのかお聞かせください。

ゴーさん:K2を始めたのは1982年。この場所って実は当時は一等地! タンジョン・カトン・コンプレックスの中は、店を見て回るのもやっとこさというくらいの混雑ぶりでね。それで結局、K2号ていう店舗スペースよりも、賃貸料が250ドル安くて十分な広さのスペースの03-K1号(3階)に引っ越した。

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ゴーさんの信頼するエルマ社製超音波洗浄機

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時計整備中、ムーブメントは分解され、部品はこれらのトレイに入れられて超音波洗浄される

ジャスティン:当時はだいぶ景気良かったんでしょうね。昔と今ではお客さんから求められるものに変化はありますか?

ゴーさん:昔のお客さんはだいぶのんきなところがあったね。ちょっとした料金の違いなんかはほとんど気にせんかった。でも最近のお客さんはえらい物知りというか、ネットで部品とか値段とかすぐ調べよる。最近のお客さんはちょっと料金にうるさくなった感じかな。

ジャスティン:たくさんの時計を扱ってこられたので、素晴らしい個人的なコレクションをお持ちなのではないでしょうか。いくつかお気に入りを教えてください。

ゴーさん:正直いうと、全然コレクターと違います。大体はクォーツ着けてるかな。時間調整に正確さと精密さがいるし。機械式はクォーツ時計よりもっと手間かかるし、メンテナンスもいる。というわけでより手間のかからんクォーツ時計の方が好みやな。

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ゴーさんの腕にあったのはセイコー・スポルトゥラ・キネティック・ホンダ・レーシング F1限定品(直経45mm)

ジャスティン:コレクターに向けてヴィンテージ時計を買うときの注意点はありますか。

ゴーさん:ヴィンテージ時計はよぉく調べてみなあかん。変なところはないかを探す。他の時計と比べて目立つ部分がないかを調べること。例えば、針が一本だけえらい酸化してて、他の針は新品みたいになってる、とか。

文字盤が再仕上げ(リダン/リフィニッシュ)された時計には高い金を出すべきじゃないね。特にそういうヴィンテージ・オメガとか。でも再仕上げされてる事にこだわるコレクターもいれば、そうでないコレクターもいるから、結局のところ、好きなん買えばいいけど。

あとは、ヴィンテージ時計を整備に出すときも注意せなあきません。うちのお客さんで、古い時計を正規のサービスセンターに出した人がおってね。ほしたら古い部品を新品に換えられた。こうなると時計の価値は半分以下になるからね。そやさかい、古い部品を交換するときは必ず事前に確認してね、と言っとくことが大事です。

ジャスティン:良いアドバイスですね。最近のものと比較して古いグランドセイコーに関するご意見をうかがえますか。

ゴーさん:個人的には、昔のグランドセイコーの方が、最近のよりもよくできてると思うね。新しいグランドセイコーはもちろん値段なりの価値はあるけど、摩耗とかの耐久性は低いかな。古いシリーズほど頑丈じゃない。もしヴィンテージのグランドセイコーが欲しいなら、61GSをおすすめする。

ジャスティン:貴重なご意見ありがとうございます。K2 Wathesを切り盛りするのは容易ではなかったと思います。どなたか後継者はいらっしゃるのでしょうか。

ゴーさん:(笑いながら)いや、おらへんわ。子供にはK2を引き継いで欲しくなかった。時計屋を続けるのは結構しんどいからね。長時間労働に、年金なしのボーナスなし。子供たちには自分の夢を追いかけてもらった方がいいですわ。

ジャスティン:それは私の父が私に言ったことと全く同じです。最後に、新米コレクターに何かアドバイスはありませんか。

ゴーさん:若いコレクターには、現実的になって身の丈にあったものを買いなさいと言いたいね。もしお金があるなら、ロレックスを買ったらいい。長期的にも一番価値が下がらんし。それからチャンスがあれば、ヨーロッパの国でヴィンテージ時計を探したらいい。あっちは湿度も低いから、いいコンディションの時計が見つかりやすいよ。

ジャスティン:お時間をいただき、また貴重なお話どうもありがとうございました。

ゴーさん:いやいやおおきに。

K2 Watch Company

住所:845 Geylang Road, #03-K1 Tanjong Katong Complex, Singapore 400845

電話:+65 6746 0270

ゴーさんに実際に会ってみて

インタビューでも人柄が伝わってきますが、実際会って見ると初対面なのにやたらとフレンドリーに接してくれました。気難しい職人気質では全然ないです。

上の記事では、どんな時計でもオーバーホール(修理・調整)してくれそうな感じがしますが、実際のところは、主にセイコー、オメガ、ロレックスあたりに対応していて、古すぎる時計や、インハウス時計メーカーのものは受け付けていないそうです。

そろそろ調整が必要そうなノモスはできるか聞いてみたら無理と言われ、1970年代のセイコーロードマチックも調整くらいしてくれるかと思ったら古すぎてダメと言われました。おそらくある程度部品が出回っている(手に入る)ものでないと難しいようです。

そこで最後に、祖父の形見の1960年代のオメガ・コンステレーションを見せてみたら、中を見て「あー、オールドスクールやねー」と言いながら、分解・清掃・調整なら$380(約30,000円)でやると言ってくれました。7年前に日本で整備見積もりを依頼したときは、スイス送りで80,000円と言われました(今なら多分もっと高い)。ちょっと今月厳しいのでまた後日お願いしようと思います。

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実はこのお店はセイコーの販売代理店でもあるらしく、商品陳列棚にはいくつかの時計がかなり無造作に、というかほぼ乱雑に(笑)並べられていました。

時計ベルトもあり、たまたまそのとき着けていたハミルトンのヴィンテージのベルトを変えてもらいました。細いラグ幅15mmのベルトは一点しかなく、その一点がまさに私の探していたものドンピシャで即購入。クロコ型押し牛革で$12(約1,000円)。結構質感良いので、かなり良心的な値段と思います。もちろん交換手数料はなし。

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さらにかっこよく生まれ変わったHamilton Ross

シンガポール在住の時計好きはぜひ一度足を運ばれたらと思います。電池交換もかなり安くやってくれそう。

また、旅行で来られた方も、Tanjong Katong Complexに行けば、古き良きシンガポールのショッピングモールの雰囲気を味わえます。往時をしのんでしんみりできるくらいでたいして何もないけど(1階に時計屋2軒あり)。

シンガポールでなぜセイコーの人気があるのか

インタビュー記事を読んで気になったのが、ゴーさんの父親とお兄さんの話です。何者? と思いますよね。どうやら時計師の家族だったようです。

そこでお兄さんの名前で検索してみたら、興味深い記事が見つかりました。

▼シンガポールにおける「Seo Choon」という名前の歴史

https://yeomansweblog.wordpress.com/2007/12/04/history-of-the-seo-choon-name-in-singapore/

この記事によると、お兄さんのGoh Seo Choon氏も時計師として時計修理屋を営んでいたようで、なぜ時計屋や他の店でよく「Seo Choon」という名前を見かけるのか、その背景について解説されていました。内容は超ローカル情報なので詳しく書きませんが、東南アジアでセイコー(特にセイコー5)がどのように人気を得たのか、その背景を垣間見ることができる興味深い内容でした。

しかし「Seo Choon」は漢字で「小春」ということは、女性の名前っぽいけど「裕美」みたいなもんですかね。女性ではないと思います。

NUS Horology Clubについて

シンガポール国立大学の時計好きによるサークル。時計学に関する知識の向上とクラブメンバーの成長、そしてコレクターの育成に力を注いでいるらしいです。世界大学ランキング25位(東大は36位)の将来のエリートが集まる(?)大学だけに、将来的な需要を見越してか、高級時計メーカーによるイベントも過去開催していた模様。なんちゅう羨ましい環境。私が大学生の頃とずいぶん違うというか、入ってくる情報の量に圧倒的な差がありすぎ。そりゃ負けるわ。

▼NUS Horology Club
https://www.facebook.com/nushorology

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