マテリアライズド

ビジネス英語、シンガポール、好きな音楽、時計、読んだ本など

MENU

クレンペラー指揮 メンデルスゾーン『真夏の夜の夢』の夢幻的美しさに惚れ込んだ

f:id:yskta:20210303134115p:plain

日本に一時帰国した際、実家に寄って親父のレコード棚から何枚か譲り受けてきました。

思い返せば30年ほど前、引っ越しの際に親父がかなりの数のレコードを処分していました。重量も密度もあるそれらの箱を捨てる様を見て、子供ながらに「勿体無い」と思ったように思ったかもと思いますが、今の自分も、日本に帰るたびにCDを何百枚と非情にもディスクユニオン送りにしており、歴史はこまめに繰り返すようです。

繰り返すと言えば、たとえば世界的に評価される小津安二郎の映画(特に後期作品)を年取ってから観たら、若い時に「お勉強」的に観た時とは見え方が全く変わって驚き、普通に笑い、諦めと悲しみが入り混じりつつも、肺より下で腰より上の部分を丸ごと持っていかれて、胸の下には空洞があってスッキリ爽快! みたいな奇妙に清々しい感動に包まれるというのは、多くの日本人の大人(特に男。多分女性は別の感想感覚を持つ。だがそれでいい)が通ってきた道、繰り返し歩かれた道だと思われます。

それと同様のことが音楽にも起こることは言を俟ちません。

持ち帰ってきたレコードの中の一枚、1960年録音、オットー・クレンペラー指揮のメンデルスゾーン『夏の夜の夢』に針を落としたるところ、広がる世界の濃密さに完全に打ちのめされ、同じレコードを繰り返しA面B面またA面とひっくり返しながら、一音々々漏らさず味わうように集中して音の襞に入り込もうとする聴き方を久々にやりました。何度も。半分寝て朦朧としながら。寝落ちするまで。

f:id:yskta:20210303140010j:plain

日本から帰ったばかりで、美しい山河も寺社仏閣もなければ美術館もミニシアターもほとんどない、人工的で表層的で上滑り気味の文化活動ばかりが目につくシンガポールにおいて、またしばらく生活するという絶望を忘れて夢幻の世界に遊ぶには最適なレコードで、これはここで共有しておきたいと思いました。

多分CDはこれ(↓)。上の写真のレコードは、中古屋ならおそらく1,000〜2,000円くらいで買えます。

Spotifyにも90年代収録の小澤征爾氏指揮のものとかありましたが、それらはまず歌劇セリフが入っていてどうも好きになれません(スピーカーの前でセリフだけ聴いてもどことなく寒い感じしかせず面白くない)。

このアルバムにはセリフ箇所は入っておらず、純粋に音楽に集中して楽しめます(ただし、『情景』など一部の小曲はカットされている。代わりにB面最後にはこれまた傑作の『フィンガルの洞窟』を収録)。

それにしても、指揮者でこれほども印象が変わるのかと、クラシック音楽の素人としては改めてとても驚きます。

Spotifyでほかの指揮者による録音と聴き比べても、このクレンペラー盤が、最初に違う録音を聴いたら「こんなもんか」と一回きりで忘れてしまったであろうくらいに圧倒的に良かったです。名盤と言われる所以でしょう。

一気に妖精のサイケデリックな世界に引き込まれる序曲は、テンポがやや遅め、かつメリハリの効いた丁寧な演奏のため、弦楽器の響きも格調高い気がしました。

『妖精の歌』におけるソプラノとコントラルト歌手のデュエットは、ティターニアのエロさ(冒頭の絵画のエロそうな人妻ならぬ妖妻[夫は露出狂オベロン]。魔法でロバの頭に変えられたきこりのボトムに媚薬の影響でベタベタしているの図)と軽やかさを余すところなく表現できています。

この曲だけをSpotifyにあった他の録音(90年代以降)と比べてみました。すると他のはテンポが速すぎるし、ソプラノの歌い方が、「どう? ワタシ歌上手いでしょう?」みたいな鼻につく感じ、もしくは仕事っぽさが感じられ、ただのちょっとした小曲という印象しか持てませんでした。

しかしこっちの録音バージョンは、本当に心がこもって妖精になりきった感が出ており、高音の運び方が妖精のように蠱惑的です。全くの偏見ですが、こっちの歌手の方がシェイクスピアの原作やその他妖精伝説を読み込んでいるような気がします。

他の曲も終始この調子で、19世紀の空気をマジで吸ったことのあるオットー・クレンペラーにしか出せない空気感といえば、それは単なる思い込みでしょうか。

また、結婚式で定番の『結婚行進曲』(パパパパーンのやつ)は、しっかりした足取りの演奏が本当に素晴らしいものでした。現在はすでにベタすぎて結婚式であまり使われないのかもしれませんが、これから結婚式を挙げる方は、ぜひこのバージョンの結婚行進曲をフルで使ったらどうかと思います。シェイクスピア原作では乱交みたいなことが行われた後とはいえ、結婚のシーンはハッピーエンド的なので。

※「序曲」は以下YouTubeビデオの0:00-12:53、「妖精の歌」は19:50-24:30、「結婚行進曲」は35:45-45:45。と言っても全曲素晴らしいのでぜひ通しで。大きな音で。


Mendelssohn Incidental Music To A Midsummer Night’s Dream – (1960/2012)

本アルバムを何度も聴いてみて、バッハオタクの金持ち家庭生まれ且つ天才で、ゲーテに認められつつ(惚れられつつ)38歳で亡くなったメンデルスゾーンの天才を今更再確認できました。いくら私が44歳の凡人と言っても、信じられない才能です。

そんな天才の作品を最高の形で後世に残したクレンペラーも偉大です。

しかしWikipediaの彼の項を読むと、性格的には割と難ありだったようで、現代なら炎上しまくりで指揮者人生が速攻で終了してしまうようなトラブルを連発していたようです。おもろい。

死にかける病や事故に何度も遭いながらも、88歳まで長生きしたというところも、なよっとしたイメージのメンデルスゾーンとは正反対です。しかしそんな破天荒なクレンペラー氏が、夭折の天才の作品を最高の形で解釈してみせたというところが、さらにこのアルバムに魅力を付け加えているような気がします。

あまりにも感動してしまったので、ついブログで紹介しました。ぜひとも、最近の録音ではなく、1960年のクレンペラー盤を手に取ってみることをお勧めします。

ちなみに劇のセリフは省かれているとは言っても、これは劇付随音楽、オペラ音楽なので、原作のストーリーを知っておいた方がより楽しめることは言うまでもありません。私は20数年前に読んで95%以上中身忘れてましたけどね。

このレコードは、ジャケットを開くと中に解説とともにあらすじも書かれているため、それを読みながら聴くと、情景をより鮮明に想像する役に立ちます。Spotifyなどはそういうのがないのが辛いところです(一部の曲は歌詞がカラオケみたいに出てきてアレはすごいけど)。

あまりにも感動しすぎたせいで、より世界に没入するべく、今はコロナ禍で閉鎖中のロンドンのTate Museumを応援する意味も込めて、スイス人画家フュースリー(『夢魔』で有名)による『ティターニアとボトム』のオンデマンド印刷版を買おうか悩んでいるところです。

Fuseli: Titania and Bottom | Custom prints | Tate Shop | Tate

Copyright © MATERIALIZED All Rights Reserved.