年に一度の高級時計の国際展示会『SIHH - Salon International de la Haute Horlogerie Genève』が昨日(1月14日)、スイスで始まりました。
個人的には、A.ランゲ&ゾーネとジャガー・ルクルトの新作に興味があります。前者の方はすでにいろいろ情報が出てきましたが、新作はどれも手が届かないやつばっかすぎてちょっとアレです(残念でもありホッとするところもあり)。
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というわけで今回は、ドイツの時計メーカー、ノモス・グラスヒュッテ(Nomos Glashütteのコレクションの中で、最もドレス・ウォッチ寄りの腕時計のひとつ『オリオン』(Orion)を紹介します。
ノモスというブランドについては、以下の記事を御参照ください。
最初にどうしても言っておきたいことは、この時計、朝の光に照らされたときの美しさは、これまさに至高ということです(詳しくは後述)。
下の写真では、オリオンの清らかな顔つきが、醜穢な手毛との見事なコントラストを描いている様をご覧いただけるかと存じます。
ORION BLUE HANDS 35 mm
それでは以下で詳しく見ていきます。
オリオンについて
オリオンは、ブランド・アイコンの『タンジェント』と並び、ノモス・コレクションの中で最も代表的な時計のひとつと言えます。
バウハウス機能主義の理念をまともに受け継いだかのような、時計を構成するすべての要素が緻密に計算されて配置された、ミニマル・デザインの腕時計らしい腕時計となっております。
このシンプルさは若干、最近流行りのシンプルなファッション・クォーツ・ウォッチとぱっ見が似ているところもありますが、ディテール、中身は全く次元が異なります。
大量生産品ではなく、細部にまできちんと人の情熱と手間のかけられた愛すべき時計です。
なお、2019年1月現在、今回紹介する手巻きの35 mmだけでなく、33 mm、38 mm、39 mmの大きさがあり、搭載ムーブメントや文字盤の色違いも合わせると、全部で26種類もあります。*1
その中で今回紹介するものは、最もベーシックな35 mmの手巻きバージョンです。
搭載ムーブメントと精度
ノモス自社製(インハウス)手巻きムーブメント『アルファ(Alpha)』を搭載しています。
パワーリザーブは43時間。ムーブメント(機械)の高さはわずか2.6 mm(!)で、時計全体の薄さ(=装着時の快適性)の実現に貢献しています。直径は23.3 mm。
クリスタル・バックから見ることのできる眺めは、ムーブメントの堅牢性を高めると言われる、グラスヒュッテ時計における伝統の4分の3プレートが印象的です。
どこか(極めて都合よく一瞬だけ)オリオン座の配置を思わせる、美しい青焼きネジとワインレッドのルビー、さらにプレートに施されたグラスヒュッテ・ストライプが、所有することの愉悦の度合いを高めてくれます。
また、角穴車(ratchet wheel)と丸穴車(crown wheel)にも(上写真左上の大きな歯車2つ)、渦巻状の仕上げが施され、光の当たり具合によって、クルクル動くように見えます。
さらに、普段は見ることのできない、ムーブメントの裏側にも、ペルラージュ仕上げが施されているようです。*2
ムーブメントが自社製で、かつこれら仕上げのクオリティを持ちながら、後述するように20数万円という価格は、ほかのメーカーの追随を許さないのではないでしょうか。
精度について
オフィシャル・ウェブサイトには、「6姿勢で調整される精度はクロノメーター級の水準を誇ります」とありますが、私のオリオンは4年前に購入し、現状一日で30秒くらい進んでしまっています。
先日、結構磁気帯びしていたので、アマゾンで激安で買える中国製磁気抜きで消磁してみましたが(たしかに効果はあった)、あまり精度の向上は見られず。
ピンバックル(尾錠)のために、外すときに手が滑って何度か床に落としたせいかもしれません。
日本の正規店で購入したので、次回日本に行ったときにオーバーホールに出してみようと思います。
なお、同じムーブメントを搭載するクラブ・キャンパスは日差+10秒程度を維持しています。
文字盤とインデックス
青焼き針と金色のインデックス、そしてドームクリスタル(カーブのかかった風防)の織り成す美しさは、朝日に照らされて白く輝く、どこか遠くの大聖堂を連想させ、時計文字盤の周囲に清澄な空気を漂わせるほどです。
正直なところ、この朝の光に照らされたミニチュア聖堂の美しさは、私の持っている腕時計の中で一番高級なドレス・ウォッチ『マスター・ウルトラ・シン・ムーン』(ジャガー・ルクルト)よりも上です(もちろん時計ケース全体の質感はマスターの方が上ですが)。
文字盤の色は、ぱっと見は白ですが、実際はアイボリー寄りで、光の当たり方によって、表面が雪のようにきらきら輝く粉体塗装(ラッカー仕上げ)、と思ったら、オフィシャル・ウェブサイトでは「亜鉛メッキ 白銀仕上げ」と書いていました(白銀仕上げがラッカー塗装?)。
6時位置の秒針用サブダイアルには、ぐるぐるのギョーシェ彫が施されていますが、光の当て方を工夫してようやっと見えるくらい細かいです。
しかしパッとは見えなくても、そんな模様が織り成すサブダイアルの質感と、他の部分の質感との差異が、文字盤に陰影(ニュアンス)を与え、それがひいては全体の質感向上に貢献していることは間違いありません。
さらに、文字盤自体がカーブを描く風防ガラスと同様にカーブしており、こうした細かい意匠は、モダンな顔を持つこの時計に、クラシカルな面影を添えています。
5分刻みのアプライド・インデックスは、10金か14金のような色の薄いゴールドです(金の含有率は不明)。
針のデザイン
針のタイプは、細いペンシル針というんでしょうか、平行のバトン型で先端が尖っています。
ミニマルなデザインの文字盤にはこれ以外ないと言えるシンプルなものです。
長さは絶妙で、時針と分針の先端はそれぞれ、秒マーカーと5分刻みのインデックスの外周端から0.5 mmほど短かくなっています。長すぎず短すぎずの絶妙なバランスです。
また、分針の先端は文字盤のカーブに合わせて先端が曲げられています。
しかし特筆すべきは、この青焼き針の美しさでしょう。
ノモスのブルー・スティールは、色が綺麗という定評がある通り(ソースは私の記憶)、金属質の深い濃紺色の針は、光が特定の角度で当たったときにヌラリと青い光を発します。あのヌラっとした青い煌めきは、実に艶めかしく、そして美しいものです。
余談ながら私の保持するジャガー・ルクルトのムーンフェイズも秒針がブルー・スティールですが、煌めきの艶めかしさはオリオンの方が数段上です。太さが異なるのでフェアな比較ではないかもしれませんが。
ケース
全面ポリッシュ仕上げのステンレス・ケースです。
ベゼルがとても細く、文字盤の色もホワイト系のため、ケース経は35 mmと(昨今のトレンドからすれば)小さめながら、実際には結構大きく見えます。
同時に、ラグがとても長いので、腕に嵌めたときの収まりも小ささを感じさせないものになっています。
厚さは公称7.4 mm(一番ふくらんだところで測ったら8.5 mmありました)で、装着性はとても良く、シャツのカフにもすっと収まります。
全体的に丸みを帯びたデザインが特徴なのですが、横から見たときの、ケースからラグが伸びる部分はあまり気に入っていない部分です。
ラグは手首に沿うようカーブさせているのはわかりますし、そのカーブの出ていく流れもケース形状と合わせているのもデザインの一環とわかるのですが、最近どうもこのようなケースと一体化したようなカーブド・ラグがあまり好きでなくなってきた自分を見出している関係上、ラグの根本の曲がったラインがどうも個人的に落ち着きません。
また、ラグが長いために、本体とベルトの間の隙間がやや大きめになりますが、これはそれほど気になるものではありません。
リューズは、微細な文字のブランドネーム刻印付ですが、私のものは残念ながらすでに傷がついてほとんど判読できません。
実は私が次にどうしても欲しいと思っている時計は、A.ランゲ&ゾーネのサクソニア・フラッハ(37 mm)なのですが、もしノモスがサクソニアと同じような、個人的には完璧と思えるケースとラグ形状の文字盤がシンプルな時計を出したとしたら、、、と考えると夜も眠れません(嘘ですけど)。
操作性
デイト(日付)表示もない、シンプルな三針時計なので、特筆すべきことはありません。
リューズの大きさは、ドレスウォッチとして小さめが見た目上必須ながらも、手巻き時計として巻きにくい大きさも避けられるべきであり、その意味ではちょうどいい大きさかと思います。
時刻調整で針を回すときの感触は軽すぎず重すぎずでちょうどいい感じです。
ストラップと尾錠
ストラップは、アメリカ合衆国シカゴに本社を構える、Horween Leather Company(ホーウィン社)製のシェルコードバン(高級馬革)を使用したものです。
ラグ幅は18 mm。
通常コードバンというと、含まれるオイルによって光沢のあるものが多いですが、このストラップは光沢感はあまりありません。
光沢があって固くてしっかりしたものが多いズボン用のコードバン・ベルトなどに比べ、このストラップは、しなやかで柔らかく、手に巻いたときも吸い付くような肌触りです。
経年変化はあまりない印象です。
オモテ側の元から少ない光沢がさらに減ってつや消しブラックになっていくような感じで、使いこむほどに味が出るという類のものではなさそうです。傷には強そう。
ウラ面は、とくに撥水処理などはされていないため、私のものは滲み込んだ汗でだいぶ黒ずんでおります。
ウラに刻印されたブランド表記が、ムラを残しながら黒ずんでいく様は、経年変化の楽しみと強引に言えば言えるかもしれませんが、それはただのカビ臭い劣化であって、他人からしたら不潔なだけだと思われます。
パッと見の印象は、至って普通の黒い革ベルト。しかししっかりしており、安物の合成革ベルトなどとは比べるべくもない雰囲気はあります。
オリオンの顔には、こうした平面的な光沢控えめのコードバンがぴったり合うと思います。
ドレスウォッチには、アリゲーターなどのエキゾチック素材が用いられることが多いですが、オリオンには合いません。
実際、リザードのストラップを合わせて見ましたが、時計の雰囲気に全然似合ってませんでした(たぶん顔がモダンすぎるせい)。
丸みを帯びたケースと同様、角が丸い尾錠には、しっかりと「NOMOS」のレーザー刻印がなされています。
服装/シチュエーションへの適応性
黒い靴を履いたときのスーツ姿には完璧にフィットします。ビジネスの現場でも時計が主張しすぎず、安っぽさもありません。
20代の若いサラリーマンでも、40歳のおっさんでも、おじいちゃんでも、はたまた公務員でも弁護士でもエンジニアでもデザイナーでも、誰が付けても嫌味なく、間違いなくエレガントです。
女性にも似合うと思います。とくに『オリオン 33 ローズ』という、文字盤が薄いピンク色で、インデックスも針もゴールドの小さな時計(ストラップはベロアレザー)は、実際付けているひとに出会ったら惚れてまうやろレベルのエレガントさです。*3
インデックスが金色なので葬儀の場には向かないかもしれませんが、その他の結婚式などの晴れの場では、35 mmという大きさから言っても理想的なドレスウォッチです。
また、ドレスダウンした服装にも合いますし、ベルトがコードバンなので、Tシャツ&ジーパン姿でも問題ないでしょう。
プールや海水浴を伴う旅行には当然不向きですが、これ1本でかなりのシチュエーションに対応できます。
防水性と耐久性
防水性能は、3ATM(日常生活防水)。
日常の手洗い程度はOK。しかし水泳はもちろん、例えば着けたままホースの水で車を洗うなどは避けた方が良いと思われます。
耐久性は、決して高い方ではない、というかドレス・ウォッチとして必要十分だとは思います。
上述の通り、これまで数回床に落としたことがありますが、壊れてはいません(落として壊したらシャレならんが)。
価格について
2019年1月現在の定価は、259,200円(※オフィシャル・サイトでの日本円表記)。ご多分にもれず、ノモスも値段が上がってきています。
たしかに高いですが、高級時計全体の定価がとんでもなく上がってきている中で、自社製(インハウス)ムーブメントを搭載した機械式時計というくくりで見れば、かなり良心的とも言えます。
初めての機械式時計として選ぶのに最適と思いますが、同時に、もうそれだけで十分とも言えそうな、普遍的で、タイオムレスで、ロング・ラスティングで、古びることのない美しさ(外観だけはない)を備えた時計です。
最後に
しつこいですが、とにかく朝の光の下での輝きは、得も言われぬ満足感を所有者にもたらします。
時計屋さんの黄色味がかった照明などでは、その魅力は100%引き出されません。
白い蛍光灯も光が強すぎてだめです。白が多めで強すぎない光、つまり朝日に照らされたときこそ、朝にしか咲かない花のようにその魅力が開花します。
実は夕日の下でもかっこいいんですけど。
とか言いながら、初めてオリオンを店で手にとったときの印象を正直に書くと、以下のような感じです。
「ちっさ! かるっ!」(当時は39 mmのセイコーメカニカルを身に着けていた)。
「・・・ベゼルがない(細い)とやっぱアレやな(値段の割に高級感ない)」
といったものでした。
が! よくよく見るとカーブしたサファイア・ガラスで覆われた、白と金と青によるハーモニーが心地よい文字盤に吸い込まれるような魅力があることにだんだんと気が付き、薄くて軽いし、付け心地も良いので、いつの間にか買ってました。
そして、着用するごとに愛着が増していき、上述のような礼賛をするまでに至ったという次第です。
繰り返しますが、朝日の下で魅力は最大になりますので、購入を迷っている方がいらっしゃれば、それはもうゴーしていいと思います。
オフィシャル・サイトのオリオン紹介ページには、以下のようなフレーズが掲載されています。
ノモスのデザイナーはオリオンが大好きです(ほとんど全員が一つは所有しています)。しかし、ジャーナリストの中には2つ持っている人もいるようです。
やや反則気味に蠱惑的な売り文句ですが、それくらいノモスのデザイン・フィロソフィーが凝縮された時計ということでしょう。
使い込むほどに、そして他の様々な高級時計を見たり触ったりしていくうちにも、オリオンの完成されたデザインの魅力に取り憑かれていきます。
そして更に、その小さく薄いケースの中で、機械が一生懸命、時を刻んでいるという事実に、愛おしさに似た感情を抱くようになるはずです(たぶん。少なくとも私は)。
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最後の最後にもう一度正直にいうと、ロレックスのオイスター・パーペチュアルと、このオリオンの2本だけあれば、ほかにはもう何もいらんのではないかと最近感じ始めています。半分ホンマで半分ウソという複雑な心境。それくらい完成されたデザインの素晴らしい時計です。
ROLEX OYSTER PERPETUAL 34 & NOMOS ORION 35
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