生まれた年に作られた時計を持つということ
クォーツより精度が劣る機械式腕時計における実用的なメリットの一つは、長持ちするということです。きちんと定期的に整備していけば、10年、20年と長期間に亘って使え、部品交換などすることで100年以上の稼働も無理なことではありません。永久修理保証を謳っている高級ブランドもいくつかあります。
以前紹介した私のハミルトンのヴィンテージ時計「Ross」は実際、製造から80年経った現在でも、元気に動き続けています。
そんな長持ちする機械式時計のファンにとっての楽しみの一つに、自分の生まれた年に製造された時計を購入して愛でるという、センチメンタルな行為があります。
これは一方で、自分と同じ年月を生きてきた時計に自らのたいしたことない人生遍歴を重ね合わせ、「お疲れ様、ブラザー(自分)」なんていう、ややナルシスティックで気色悪いモノへの投影行為とも言え、時計に興味のない人からは「何それきもアホちゃう」と言われることもあるでしょう。
それはともかく、スイスやドイツで生まれたわけではない時計愛好家の日本人は、やはり生まれ年時計は、日本のメーカーのものを選ぶのが良いと思います。
なぜなら生まれ年製造のロレックスを持っていたとしても、「あっそう偶然やね」という感じで終わってしまい、話が続かない、というか、自分に対して有効な言い訳が立たないからです(現代において機械式時計にお金を使うということは無駄・不便を楽しむ事を正当化するための言い訳の連続の上に成り立ちます)。
そんなわけで、日本人の多くが生まれ年時計として選ぶのは、グランドセイコーやキングセイコーなどの高級時計のヴィンテージだと思われます。それら高級時計は、中の機械をみることで製造年だけでなく、月までわかることがあり、今でも問題なく修理・調整できることが多いからです。
しかし個人的には、グランドセイコーはやはり新品で買って、ヴィンテージ感を纏うまで自分で使い込みたいという意識があるのと(もう10年以上、普通に買えるSUS 35-36 mmのGS復活を待ち続けています)、私は1月生まれなので製造された月にはそれほど拘らなくても、年さえ合っていれば、自分より数ヶ月前に作られた時計を妥協して選んでしまって微妙な気持ちになる可能性もほぼありません。
よって、上記および予算的な理由から、1977年生まれの私は「国鉄ホーマー」という愛称で知られる、1960〜70年代に国鉄職員に支給されていたシチズンのホーマーという腕時計を探していました(Homerには、ホームラン打者と伝書鳩という意味があってシチズンは前者の意味を込めたかもしれないが後者の意味であってもなんかいい)。
この国鉄に供給されたホーマーが、40代のおっさん向けの生まれ年時計に最適な理由は、時計の裏蓋に、国鉄職員への支給年(=必ずしも製造年ではないかもしれんがそこは気にしない)が刻印されていることです。
通常、時計の製造年は、機械の固有番号や型番情報などから調べることしかできませんが、この時計はまるでお誂えの記念時計のようです。
さらに、当時の国鉄組織を構成した各地の鉄道管理局の略称まで刻印されており、誕生年だけでなく、自分の生まれた土地の管理局名称も合わせることで、さらにイマジネーションが捗ります。
というわけで私は「昭52」(1977年)と「大鉄」(大阪鉄道管理局)の二つが刻印されたホーマーを探していました。
国鉄ホーマー自体は、支給数も多かったのか、中古品はヤフオクなどに多数出ています。しかし、どちらか一方だけを満たすものならまぁまぁ見つかるのですが、両方を満たすものはなかなか見つからず。
そんなこんなで先日ネットを検索していたら、まさにドンピシャの「昭52」「大鉄」の刻印のある国鉄ホーマーを、今年(2020年)7月30日に紹介されているブログを発見しました。
そのブログ『ときちけは趣味が生きがい』さんには、国鉄ホーマーに関する、より詳細な蘊蓄が記載されていますので、ここでは書きません(国鉄にはセイコーが懐中時計を供給してシチズンが腕時計を供給していたというのが興味深い)。
興味のある方は、ぜひ次の記事をご覧ください。
この記事を読んで、遂に見つけた国鉄ホーマーにいてもたってもいられなくなった私は、シンガポールに住んで「恥は掻き捨て、ダメもと上等」精神が身についていたのでしょうか。ド厚かましくも、全く面識のないブログ主さんに、「譲ってもらえませんか」メールをほぼ無意識のうちに送っていました。
したところ、聖人のようなブログ主のときちけさんは、私の厚顔無恥なお願いをすぐに快諾していただき、取引成立。このほどわざわざシンガポールまで送ってもらい、遂に念願の、生まれ年の国鉄ホーマーを入手することができまちた。うれちい。
ときちけさんには改めて深謝申し上げます。
飾るところのない道具としての鉄道時計
さて、相変わらずしょうもない個人的なことばかり書いて前置きが長くなりました。
これが入手した国鉄ホーマーです。
ザ・シチズン以上に、ザ・時計ではないでしょうか。
グランドセイコー以上に、「最高の普通」ではないでしょうか(ちょっと違う)。
私は(できれば手巻きの)小さめ3針ノンデイト(日付表示なし)時計の愛好家ですが、そんなシンプルな時計の中においても飛び抜けて(?)、飾るところのない控え目な佇まいが、齢40を超えイキったことはしたくないおっさんには実に魅力的に見えます。
それもそのはず、セイコーが最初のクォーツ時計「アストロン」を発売したのが1969年。ホーマーが国鉄に供給されていた70年代は、急激に低価格化したクォーツ時計が機械式時計メーカーの多くを倒産に追いやった「クォーツショック」前夜とも言える時期であって、精度以外の付加価値創造やブランディングに必死な現在とは異なり、この時計は、正確な時刻を手首の動作だけで一瞬で知ることができるという至極真っ当な目的を第一に作られた機械式時計です。
つまり、この国鉄ホーマーは、機械式時計が趣味性ではなく実用性のみで輝いていた最後の時代の本当の意味での「ツールウォッチ」と言うことができると思います。
鉄道の運行管理上、正確な時刻を知ることは極めて重要であったことは言うまでもありません。そのため、文字盤はホワイト(実際はアイスブルー。後述)で、アラビア数字はブラックのプリントで視認性は抜群です。
ドルフィン針およびミニッツトラック(5分毎)には夜光塗料が塗られています(残念ながらこのホーマーは時針の塗料が経年で禿げています。しかし私も経年で禿げてきているので生まれ年時計としては(略))。
時計の顔である文字盤は視認性のみを追求し、装飾性を排した機能美がありますが、「じゃあ白文字盤に数字だけ書いたシンプルな時計ならなんでも一緒やん」とはならないところが、この時計の素晴らしさ。
それはこの時代の丁寧な造りが為せるワザで、最近の安物ファッションウォッチのシンプル時計とは全く異なる質感、風情があります。
ケースや風防の形状と質感が、過度な高級感を目指すのではない、単に鉄道時計=ツールウォッチとしての頑丈さ、使いやすさを追求した結果として、質実剛健な雰囲気を時計に与えています。このなんとも言えないレトロで道具感のある雰囲気は往時の時計特有です。
約3mmほども出っ張ったボックス型の風防を入れると、時計の厚みは約9mm。十分薄型と言えます。
なお、「使いやすさを追求」とは書いたものの、CTZのサイン付きオリジナルクラウン(竜頭)はちょっと小さく、やや巻きづらいです。上のレビュー記事にもありますが、バネの逆回転を防止するコハゼという部品に負荷をかけないよう、手巻き時計は、上に巻いた後はすぐに指を離さず、そのまま下に少し巻き戻す必要があるため、指が乾燥していると少し難儀します。
手首に沿うよう、ややカーブしたラグが一体化した頑丈なケースはとても「普通」。鏡面磨きされたラグに少しだけ面取りを施しているところはわずかながらの洒落っ気ですかね。
裏蓋の刻印
そして、私と同じ年に生まれ、大阪で育ったことを証明する裏蓋がこちら。真ん中の個体番号はときちけさんのブログでも消されていたので、こちらも一応消しました。
いやー、いいですねー。刻印。実に昭和。
これがあるのとないのとでは、生まれ年時計のスペシャル感が異なるような気がします。所詮自己満足ではありますが、大鉄と書かれると、昔の大阪に対するノスタルジアが刺激されます。
ちなみに、私は現時点においては鉄道好きというわけではありませんが、6歳の時、保育園の卒業アルバムの「おとなになったらなりたいもの」に「パイロット」と印刷された文字をマジックで消して「でんしゃのうんてんしゅ」と、卒業後に書き直したことが思い出されます。
手巻きムーブメント
はめ込み式の裏蓋を外して見ると、秒針停止機能付きのシチズン Cal. 9111が、頑張って時を刻んでいました。
面取りや凝った装飾はほぼない、ロバストな風情漂う手巻きムーブメント。
よーく見ると、細かいブラッシング仕上げはなされています。
控えめなアイスブルーの文字盤
ところで文字盤は一見ホワイトですが、実はわずかに青みがかった白で、アイスブルーということになっているらしいです。
下の写真ではその青さがかすかに見えます。装飾性が一切ないと見せかけて、商品名の筆記体文字とともに、しれっと洒落感を醸し出しているところが実に心にくいです。
そして直径36 mmというちょうど良い大きさのため、着け心地も最高です。
私の美意識どストレートな、静けさを感じさせる文字盤の表情。
商品ロゴの筆記体フォントと絶妙な大きさの数字が、私が世界で最も美しいと信じている腕時計 International Watch Company のRef. 3531(黒文字盤)を連想させてくれます。芳しいRef. 3531と比較することで、時計のデザインにおける、「ただのシンプル=単純」と「引き算の美学=芳醇」との差はどこにあるのかを考えるきっかけにもなります。この国鉄ホーマーは、(単純←○●○→芳醇)メーターの中間に位置します。
光の当たり具合によっては、そのブルーの色味が風防の内側に反射して、シルバーの針が青焼き針のように輝く瞬間もありました。これもまた実にいい。こういう光の加減で表情が変わるところは、丁寧な作りをされている証拠です。
黒の革ベルトが似合う
ちなみに、譲っていただいた際は時計にベルトもつけていただいていましたが、私のあまり好きではない質感だったので、ノモスの時計に付いていたコードバンベルトに変えました。ベルトの真ん中に膨らみのない、平らなベルトの方がより「らしい感じ」がします。
ともあれこの時計は、鉄道職員といえば「黒い鞄」「黒い革靴」からの連想もあって、黒の革ベルト一択でしょう。
クラシック回帰への手頃な選択肢としておすすめ
日本人の真面目さと勤勉さというイメージを具現化したようなシンプルで端正な顔付きは、足るを知るミニマリスト的な感性を持つ最近の若い人の心も捉えそうです。
特にレアでもないので、中古市場で1〜2万円程度で買えるのも大きな魅力です。
飾るところはなくとも質感は上質で、凛とした雰囲気も併せ持つ国鉄ホーマー。
正確なクォーツ時計や多機能なスマートウォッチのある現代において、ブランディングコストやプレミアムフィーを価格に転嫁したかのようにどんどん高くなり続ける高級腕時計の多くは、余程お金に余裕がない限り、もはや人件費の上昇や歴史の重み、投資、趣味性などでは購入することの言い訳が言い訳しようのないくらい言い訳がましくなってきました。
そんな中にあって、価格は手頃で実用的、かつ丁寧なつくりの時計を楽しめるヴィンテージ時計は非常に魅力的です(雨・水・汗には要注意)。
あなたも生まれ年の腕時計を探してみては烏賊我で消化。