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和訳のコツとHODINKEE Japanとニューヨークについて:いい感じのビジネス英語(37)

本ブログのメインコンテツ『いい感じのビジネス英語』シリーズですが、あいかわらずネタ切れのため、ちょっと今回は趣向を変えた切り口で記事を書いてみます。

***

時計愛好家は誰でも知ってる、ニューヨークの時計メディア『HODINKEE』の日本語版ウェブサイトがこのほど、めでたく開始されてました。おめでとうございます。

HODINKEE Japan (ホディンキー 日本版)

HODINKEEは、数ある時計メディアの中でも、記事がたまに宣伝臭いとコメント欄で批判されつつも、実は編集者個々人の美意識を随所に感じられる、単なる時計紹介にとどまらないエッセイ風の香り高い記事が多くて好きです。YouTubeチャンネルも興味深く、編集者の顔が見えるという点でも好感を持っています。

今後、日本独自の企画記事がどんどん増えていくことを期待しています。

そういうわけで、いくつか記事を拝読したのですが、現状ではオリジナル記事の翻訳にちょっと問題あるのではと思う部分が見られました。

そこで今回は、生意気にも文句を言うわけでもなく、あくまで、私が英文を和訳する際に気をつけているポイントの紹介という観点で、HODINKEE Japanの和訳記事から一部分を引用して評価してみようと思います。

本家『HODINKEE』の「The Value Proposition」(提供価値/価値命題)というシリーズもの企画記事の中に、セイコーの低価格ダイバーズ・ウォッチ「SKX013」のレビュー記事があります。

その最後の段落にある決め台詞の和訳に問題があると思ったので以下、英文と和訳を引用します(実は私はSKX013の検討中に何回も読んだ記事なので気になりました)。

<HODINKEE 原文>

As Jack originally remarked of this watch’s big brother, the SKX013 “ultimately manages to be so appealing on its own merits that the almost incredulity-inducing price is the least important aspect of the watch.” Well said, Jack. Well said.

 

<HODINKEE Japan 和訳文>

SKX013も兄貴分であるSKX007と同じく、まさにジャックが彼の記事で述べたように

「 この時計が成し遂げた独自の美学は、戦略的価格が時計の魅力においてさして重要でないことを物語ることだろう 」

名言だね、ジャック! まさにその通りだ!

▼引用元記事

The Value Proposition: The Seiko SKX013 Dive Watch - HODINKEE

The Value Proposition: セイコー ダイバーズSKX013 - HODINKEE Japan (ホディンキー 日本版)

英文は、シンプルなようでいて、いかにも日本語と異なる構成です。

そしてその和訳は、だいぶ意訳されていて、意味はわかるけど、どことなくぎこちない文章になっています(後述するように直前の文章からするとやや唐突)。

 

翻訳の問題点

この和訳の問題点をわかりやすくするために、まずは文章をそのまんま直訳してみます。

<直訳>

ジャックがこの時計の兄貴分に関して元に言ったように、SKX013は「究極的になんとかしてとても魅力的になろうとしている。それの持つメリットに基づいて。ほとんど容易には信じられないほど誘引されるような価格がその時計の最も重要ではない側面であることにするところの」。よく言った、ジャック。よく言った。

えげつなく読みにくいですね。でもだいたい意味は合っていると思います。

つまり、直訳して(英語脳で読んでみて)、理解できるのが、最後の「the watch」は、ずばりSKX013のことを指しており、「時計"全般"の魅力に関しては時計の価格はそれほど関係ない」という意味に取られそうな、HODINKEE Japanの和訳には問題があります。

この意味だと「the watch」ではなく「watches」となっていなければいけません。

また、「managed to be」を「成し遂げた」と訳しているのはうまいですし、「独自の美学」という表現も、それまでの文章の内容と「merit=美点」からひねり出した、なかなかナイスな意訳だとは思いますが、「美学=aethetics」というやや主張強めの単語がどこにも出てこない以上、ちょっとやりすぎの感がありますし、直前の文章から美学が出てくるのは唐突です。

ここで忘れてはならないのは、この記事が「The Value Proposition」シリーズの記事ということです。つまり、実は原文の「merits」に「value」がかけられています。

「merit」は、「長所、利点、美点、特長、功績」といった意味のほかに、きちんと「価値」という意味もあります。なお、「on its own merits」という表現には、「良い点と悪い点両方に基づいて」という意味がありますが、多分ここでは「merits」は普通に利点とか特長でいいと思います。

(ちなみに日本語で言う「功労賞」「有功賞」は「Merit Award」と言います。「メリット」が「利点」というカタカナ英語になっているので、一瞬違和感を感じる表現ですが実は正確です)。

その観点から、やはり「merit」という単語、およびそれが複数形になっていることに着目して、和訳を意訳していかないといけないはずです。

というわけで、私が意訳すると、、、

<Materialized 意訳>

ジャックがこの時計の兄貴分(SKX007)を評した言葉を借りると、「信じられないくらい低価格であるという側面をもはや重要視しなくなるほどの様々な利点を備えた、極めて魅力的な時計」、これはSKX013にも当てはまります。うまいこと言うたね、ジャックはん、ほんまええわ。

という風になりました。

「読みにくいわ! どアホ!」という声が聞こえてきそうです。

たしかに、もっと言葉を絞って、こなれた日本語にする余地はあるかもしれません。

しかしながら、私が原文がうまいな~、ええ文章やな~、と思うのは、他人の表現を引用しつつ、あくまで「SKX013」を主語に持ってきているということです。

そうすることによって、「SKX013は、単純に値段がめっちゃ安いから良いと言っているのではなく、めっちゃ安い上に、きちんと備えられたこれまで記事で述べた様々な利点によって、純粋に良い時計だ」という結論が、まさに「The Value Proposition」という記事シリーズの主眼に叶うものとなっています。

さらに言うと、この文章の直前には、「ためしに買ってみたけど、思ってた以上にヘビーローテションで着けてるわ」的な意味合いの文章があります。この文章に続く文章として、「価格が時計の魅力にとってさして重要ではない」というのはやはりあまりに唐突です。言いたかったのは、「価格も安いことだし買ってみたけど、予想以上に着けてるで。普通にめっちゃ使いやすいいい時計やわ」ということを、ちょっといい感じの引用を使って言いたかったのではないでしょうか。

ですので、HODINKEE Japanの和訳は、繰り返しますが「価値に価格は関係ない」と言っているようであまり良くない気がします。

「The Value Proposition(提供価値)」と題された本記事においては、「提供される価値に対していくら払えるか/払うべきか」もしくは「顧客に買ってもらうためにどういう価値を提供するか」といった視点があるため、価格は、時計の魅力を評価するうえで、切り離せないテーマになっているはずです。

それは、「the almost incredulity-inducing price is the least important aspect of the watch」が「merits」にかかっているところを見てもわかります。低価格もあくまで重要なメリットのひとつです。

つまり、「価格は安い。しかしそもそも安いという大きな利点が霞んでしまうほどにめちゃくちゃ良い時計=コスパ最高」と言っているのであって、このレビュー記事は、SKX013に対する最上の褒め言葉になっています。

あかん、SKX013買わんならん。

ニューヨークと大阪について

上の意訳では、最後の「Well said, Jack. Well said」を大阪弁にしていることにも理由があります。

ニューヨークは、東京やパリのように、最先端の流行の発信地、みたいな大都会ではありますが、歴史をひもとけば、ニューヨークは最初はオランダの植民地ニューアムステルダムと呼ばれ、そのあと英国に占領されて、ニューヨークになりました。

その観点から言えば、ニューヨークはアメリカ合衆国の東端に位置するとはいえ、ロンドンから見れば、めちゃくちゃ西です。大昔はある意味ど田舎扱いでした。

ロンドンを東京とすると、ニューヨークは大阪になります。

こう言うと、あほなこと言うなと言われそうですが、20年ほど前、私は3年ほどニューヨークに住んでいたことがあり、そのときの実感として、ニューヨークの人は東京の人より大阪の人の雰囲気に近いものがあります。

もちろん人種の坩堝と言われるニューヨークと東京では比較できないかもしれませんが、なんとなく、電車に乗ったときの雰囲気とか、店員や公務員の対応とかです。多分同意していただける人は多いはずです。

東京にも5年ほど住んでいましたが、いま思い出しても電車通勤はつらかったです。何度たちの悪い酔っぱらいと揉めたことか。大阪ではそんなこと一回もありません。東京のある路線で暴力団員の下っ端組員に腕を捕まれ電車から引きずり降ろされた時は、、、って、あのおっさん関西弁でした。。。

そんなしょーもない昔話はさておき、英国のQueen's Englishに比して、やはりニューヨークで話される英語は訛っているわけで、ニューヨークを勝手に第二の故郷と信じたい大阪人にとっては、HODINKEE編集者の英語も「名言だね!」ではなくて「ええこと言うな」としたいところです。いや、半分冗談です。

ちなみに、HODINKEE編集部のひと(ニューヨーカー)の英語、早口過ぎて、もはや私にはほとんど理解できません。

これは余談ながら、もう一点同じ記事で気になった翻訳箇所があります。原文筆者が、直径42mmのSKX007が自分には大きすぎたという箇所で以下のように書かれています。

it’s just too damn big for my Lilliputian wrist, ~

この「Lilliputian wrist」を日本語版では単に「細腕」と訳しています。これは間違いではありませんが、ここはやはり、「私のリリパットみたいな手首にはアホみたいにでかすぎた」としてほしかったです。

「too damm big」を「アホみたいにでかい」とする表現は、個人ブログでもないので適さないにしろ、「細腕」と訳すのは「Small wrist」などの場合のみにして、こういういかにもシャレた形容詞をあえて使っている部分は忠実に訳してほしいところです。冒頭に書いたように、HODINKEEの文章って、あえて軽い、口語のような感じで書いているところも多く、それが内容はコアながらも読みやすい記事を提供する同メディアの特長だと思いますので。

 

和訳のコツ

前文が長くなりました。ここからが本題です。

小説の翻訳とかはさておき、技術系の資料やらなんやらを和訳せんならん状況になって、なんやねんこの文章、だいたい言いたいことは英語ではわかるのに日本語の文章にするとわけわからんやんけ、という人は多いと思います。

そこで、訳すのが難しい英文に出会ったときに、私がクオリティの高い和訳をするために気を付けているポイントを、上述の私の意訳を作っていく過程に沿って紹介します。

  1. まずは直球で直訳してみる
  2. 主語を意地でも守りぬく
  3. 副詞は無視するかアクロバティックに読み替える
  4. 意訳は最後に並べ替えてからトッピングするように

 順に解説します。

1. まずは直球で直訳してみる

わけがわからない場合は、辞書を片手にまずは直訳すると、たいていなんとかなります。また、直訳の際は、英語の語順通り、日本語にしていくほうがよいです。変に「これは関係代名詞だからこの後の文章は前に持ってきて~」とかやってると余計にわけがわからなくなります。上の例でも、ど正直に英語順通りに直訳することで、文章の構造が見えてきました。

2. 主語を意地でも守りぬく

英語において主語は超大事です。日本語では結構主語を省きます。英文の主語さえ見失わなければ、辞書が手元にある以上、和訳したあとの文章に、意味上の大きな間違いは発生しません。残念ながら上で取り上げた記事の和訳は、うまいこと訳そうとするあまり主語を取り違えているようです。どんなに日本語的に変な文章になっても、難しい文章の場合は常に、書いた主語を最後まで消さないほうがよいです。

3. 副詞は無視するかアクロバティックに読み替える

英語はたぶん、日本語に比べて副詞が豊富というか、副詞の使い方によって、文章に絶妙なニュアンスを与えたり、ジョーク的に使ったりします。これが結構日本語にしづらい部分でもあります。上の英文記事で言えば、「ultimately manages to be so appealing」の「ulitimately」です。これは非常に訳しにくいです。「究極的になんとかして魅力的になろうとしている」とかすると変ですよね。「Ultimately」には「最後に」とか「究極的に」という意味ですが、私はここで「究極的」の一字を取って、「極めて」という日本語にしました。しかし実は、「極めて魅力的」は「so appealing」でも言っているわけで実は半分無視しています。というわけで、わかりにくい副詞があれば、だいたい無視してもよいですし、その副詞の意味を考えて、なんとか読み替える方法はないかを探します。しかし正直なところ「ultimately managed」のニュアンスは、英語ネイティブの人にしかわからないものがあるのではと考えています。

4. 意訳は最後に並べ替えてからトッピングするように

意訳して文章を日本語的にきれいにするのは最後にします。その際に、日本語として読んでスムーズに読めるかを確認し、スムーズに意味が頭に入ってくるように語順を並べ替えたり、原文にはない言葉をトッピングしたりします。上の例では、原文の主語はSKX013ながらも、読みやすいように引用部分をまえに持ってきて、最後に「SKX013にも当てはまる」という原文にない言葉を付け足しました。これは上記2の主語を守り抜くとは矛盾しません。主語がなにかを把握して、全体的な意味は保持したうえで、日本語的に読みやすくしたというだけです。

以上。

うーん、我ながら、適当に思いつくままに書いてみたら英文和訳のコツ紹介というより、実はあんまりコツなんて考えておらず、単に他人の翻訳に粘着的な長ったらしい記事になってしまいました。またなんか考えます。

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